ある史実;父王の後をついだエドワード八世が、戴冠式も行わず即位後1年にも足りない時点で大英帝國の王座よりも一女性との暮らしを選んだ時、次に王冠を継ぐべき弟君ヨーク公アルバート(後のジョージ六世)は、御自身「私は何も準備してこなかったのに」と述懐された(一説によれば重圧に涙を浮かべられたとも)とおり、王となるべき教育も準備も何もない状態。風雲急を告げる世界に生まれた新たな王室、その真摯かつ誠実な王と夫君を助ける賢明なエリザベス妃の前途は未曾有の波乱に満ちておりました。時に1936年も押し詰まった新王陛下41歳の頃のこと。ちなみにスピットヘッド沖での御即位記念観艦式に独逸海軍装甲艦「アドミラル・グラフ・シュペー」や日本帝國海軍重巡洋艦「足柄」が参列したのは、翌1937年(昭和12年)5月の空の下。かくして世界の人々は貧富や身分の別など一切なく、時代の大津波に巻き込まれていくのでありました。

〜御即位記念観艦式から4年後、1941年5月。英空軍604飛行中隊、南イングランド、ハンプシャー州ミドルウォロップ空軍基地にて〜
「間もなく国王陛下が御視察にみえる。総員予定通りに青制服にて整列しておるか。よろしい、そのまま待機」
「車列が見えました。総員、頭ぁ左ッ。国王陛下に敬礼ッ」

〜列線にて〜
「少佐、この隊でも抜群の狩の名手だそうだな。今までに夜間で11機だと聞いた。しっかり頼む」
「はい、陛下。おそれいります」
「そして君が後席か、軍曹。君はもう何機落したかね?」
「はっ、自分の撃墜数は──9機になります、陛下」
「そうか。では私のために今夜もう1機、この『ボーファイター』で戦果を揚げてはくれないか?」
「はいっ、最善を尽くします。陛下」

「中佐、先ほどの乗員ペアだが、パイロットよりも後席のほうが随分年長ではないかな?」
「はい、陛下。機上電波装置のオペレーターは、今までの飛行機乗員の他に地上員からも知識や経験のあるものを採用しておりますので、あのようなことに」
「なるほど、それで飛行記章の無いオペレーターがいるのだな。使える手段は全て使わねばなるまい。現状では、まだ独逸側は機上レーダーを実用化していないとのことだが?」
「はい、陛下。我々は、かつて誰もやったことのない夜空の闘いを今、有利にはじめていると確信しております」
「うむ、期待したいものだ。夜空を敵に跳梁されて、幾つもの都市が夜毎に破壊されていくのをただ見ているのは、私も妃も、そして娘達にとっても、もはや耐え難い」
「私どもの力量不足でお心を煩らわせまして、誠に恐縮至極であります。申し訳ございません」
「なに、『勝敗は兵家の常』ではないか。これからが我々の番だ。そうだろう」
「おそれいります、陛下」

〜迎撃地上管制局「スターライト」にて〜
「このスコープに写っておりますのが、ドーバーを越えてくる敵編隊であります。そしてここにいるのがこちらの迎撃機というわけでして」
「うむ、闇を照らす眼に見えない光というわけか。しかも相手にはそれがわからない。こちらが一方的に有利となる理屈だな。で、今夜この迎撃機は彼らが飛ばしているのかね?」
「はい、今夜の第一直は、先刻陛下が基地でお言葉をかけられたカニンガム少佐とローンズレイ軍曹のペアであります」
「さて、戦果や如何に」

〜上空、ボーファイターR2101号機上にて〜
「進路3・1・0から3・6・0へ──少佐、捕えました。進路もうちょい右。はい、そのままで目標は正面2マイル、こちらより少し低い高度に見えてくると思われます」
「ジミー、周りに他の機は居ないんだな?」
「はい少佐、我々と目標だけのようです。ただいま目標は直線飛行中の模様。どうやら気付いてませんね」
「よし。──あれか、見えたぞ。少し待ってから高度を下げよう。そうすれば月光を映すドーバーの海面を背景にこっちが浮かび上がることもなく本土の陰にまぎれられる。そして明るい月光の空を背景に敵機のシルエットはもっとはっきり見えるだろう。──ようし、あの主翼の形からすると御馴染みのハインケルだな。あいつのラインは悪い趣味じゃないが、今夜は帰すわけには行かない。そうだろう、ジミー?」
「そうですとも。味方識別装置応答なし。『スターライト』より攻撃承認されました」
「よろしい。では今夜もイスパノに仕事をしてもらうとしよう。弾倉補充の準備をよろしく頼む。行くぞ」
「やりましょう」

〜地上管制局「スターライト」にて〜
「陛下、この位置ですと、いま外に出ればあるいは夜空に──」
「見えるのか?」
「見えずともエンジン音や射撃の音が聞えると存じます。いや──そう、この距離ですと実際に見えるかも知れません」

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〜後日のラジオ放送にて〜

(空電音)テスト、テスト、ワントゥースリー。こちらロンドン、BBC。

この度、ジョージ六世国王陛下におかせられましては、王立空軍部隊を親しく視察されました。既に皆さま御周知のとおり、我が夜間戦闘機隊は毎夜のごとく侵入してくる敵爆撃機群に対して確実に一矢を報いておりますが、国王陛下はまさにその前線を視察されたのであります。ではここで陛下からのお言葉を頂戴いたします。

(静粛に。傾聴、謹聴)


『英国民の皆さん、そして我が連邦各国やポーランド、チェコスロバキア、フランス、ベルギー、オランダ、ノルウェーほか多くの国々から英国へお越しの皆さん、日夜の御苦労に深く感謝しております。どうぞそのままでお聞き下さい。私は昨夜、私たちの空軍が敵爆撃機を討ち払う現場を視察いたしました。折しも侵入してきた敵爆撃機が、我が空軍によって文字通り私の眼前で(!)月明の夜空に炎の弧を描いて撃墜されたのです。我が空軍はすでに昼間の大空襲をしのぎ、敵の空中艦隊を押しとどめて侵攻作戦の意図をくじき、今や夜空においても着々と戦果を揚げつつあります。たしかに我が英国の空を覆う闇は、いまだ濃いものがあります。夜毎に響く不気味な爆音に、皆さんは不安を感じ続けてみえることでしょう。しかしながら、今夜からは昨日までとは違います。夜空に爆音をお聞きになれば、そこには敵だけではなく我が空軍が、優秀な戦闘機隊員たちが英国の空を護るべく闇に目を光らせつつ愛機を駆って飛んでいるのです。どうかそのことを思いだし、いたずらな不安にかられず常に落ち着いて、冷静に適切な対応をしていただきたい。まだまだ決して安穏な道は見えておりません。我が国を覆う闇は薄らいではいないのです。それでも、かの抜群に夜眼が利く(Cat's Eyes)夜間戦闘機隊員たちを嚆矢として、必ずや夜明けへの道が開かれるでありましょう。否、私たちの手で是非とも闇を切り開いて行かねばなりません。皮肉にもかの地の王がかつて言ったように、最も暗い時こそがまさに夜明けに近いその瞬間なのです。明けない夜などはありません。我々皆でひとりひとりのちからを合わせて、ともに曙光の時まで戦い抜こうではありませんか。屈せずに希望を持ち続けましょう。なすべきをなし、そして祈りましょう。 神よ我らが素晴しきこの國を守りたまえ 我らが誠実なる民すべての永らえんことを 神よ我らが英國を守りたまえ 希望、幸福そして勝利をもたらしめよ 祖國の弥栄ならんことを 神よ我らが英國を守りたまえ  以上です。ありがとう。神のともにあらんことを。』


(国歌斉唱)

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<参考資料>

第1部でリストにあげた乗員2名の本とBeaufighter Squadron IN FOCUS、さらにネット上のジョージ六世とエリザベス妃の情報等。その辺り、掘ればいくらでも出てきそうなので、興味がおありの向きには検索を試みられるが吉かと。バーティー(ジョージ六世の御名前;アルバートの愛称)とエリザベスなどのキイワアドもよろしいでしょう。

(2007年4月6日 初出)



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