闇夜の鴉、ナイト塗り黒装束のライサンダーでありますね。以前から興味のあった機種なんですが、ちょうど読んだ小説にも登場。その小説というのが、あの名作「針の眼」のケン・フォレット氏によるこれまた大戦中スパイ物、「鴉よ、闇へ翔べ」。このお話は、ノルマンディー上陸作戦を成功に導くため、占領下のフランスへ潜入して独逸軍通信網の要である電話交換所を破壊しようという、特殊作戦実行部(SOE;Special Operation Executive)、特にその女性工作員達の姿を描いた力作となっております。史実としては、1940年からレジスタンス含めての組織構成を開始、41年にはSOEが動き出し、紆余曲折と複数の犠牲を経て、1942年から本格的にはじめられた特殊工作活動で、全戦争期間中に20代前半も複数含む女性工作員、その総数50人がフランスをはじめとする欧州大陸各地へ潜入。そのうち14人は不帰のひととなったということで。正規軍人の誇りたるヴィクトリア十字章に匹敵するジョージ十字章(ボーファイター記事でも登場したジョージ六世の制定)を受けた女性4人のうち、3人はこれらSOEのエージェントなんですね。もちろん軍服を着ない非正規の敵対活動ですから、捕まればスパイとして情け容赦の無い尋問と強制収容所への収監、そしてその後には銃口なり薬物なりが待ち受けていたわけです。嗚呼。

で、その工作員たちの潜入と回収、補給にあたる機材として、ライサンダーやハドソンといった機種が登場する次第。ここに、このところ継続中の「ナイト塗り機を1/72で」企画ともピッタリということでライサンダーに目をつけて作業開始。ホントは48でもやりたくって、その下見的な要素も。(^^;  蛇の目の魂を込めるために、やはりキットはエアフィックスか旧マッチボックスの1/72だろうと思い、両キットをチェック。エアフィックスのキットには、コート着てトランク(通信機)持った「エージェント」のフィギュアがついてるのを発見。 男性フィギュアですけれど、真打ちの女性のは48でやるときにあらためてチャレンジということで進行。

ただし、エアフィックスの「Lizzie」(愛称)キットは機体形式が潜入/回収作戦に用いられたIII SD(Special DeliveryもしくはSpecial Duty)じゃないので、そこにAeroclubのパーツ(メタルのエンジン、レジンのカウル)を合わせてという仕立て。乗員は同じくエアフィックスのモスキートから調達。それでも機体内部は空っぽなので、適宜計器盤や機内増加タンクや主翼を支える形の枠組み構造、後席の通信機やら自作。胴体下の増槽は(落下式じゃないとのこと)取り付けステー部や配管等追加調整。水平尾翼と胴体後端付近の位置関係が「?」なので水平尾翼の基部で調整。垂直尾翼基部の胴体にある点検窓も位置がおかしいんですが、選んだ黒い機体はこの窓が塞がれてるようなので楽ちん。増槽を機内と機外両方つけたので、後席銃だけじゃなく主脚スパッツ内装備の7.7mm機銃も下ろしたんじゃないかと勝手に判断して詳細はスルー。←おい(*東南亜細亜方面の同型機で、この機銃を下ろしてるのが確認できる写真あり。無武装で敵地深くゆく機体と乗員に幸あれ)

ま、IIIとIIIA型から25機程度が改造されたというSDタイプ、細かくみればおそらく個機ごとの違いがあってもおかしくないので、特定機をやろうというかたはご用心。

全面ナイト塗りでラウンデルやレターのデカールはアンリミ・モデルの汎用シートから。垂直尾翼のフィンフラッシュは、この機の姿を模したレストア機では描いてますが、Warpaint本では無い指定だったので、そっちで(あれば華になりますが、無いほうが黒装束の隠密機らしい)。仕上げのフラットクリアは、しっとり仕上がるガイアカラーのEXシリーズで。

で、本来は胴体左舷の梯に足をかけてる姿であろうフィギュアを、夜間着陸後に闇の草っぱらを駆けていく姿に解釈(厚いキャノピーを開位置にできないので、要員回収時にするにはよろしくない)。さらに掲示板でmilik32+さんに教えていただいた「ド・ゴール空港は野兎の天国」の件に強くインスパイアされて、ウサ公を一匹、最後に下手くそなパテ細工で追加(下の方の画像参照)。(^◇^;)  ちなみに左舷のラダー、その横棒が白いのは、闇の中でも工作員から見えやすいようにという気配りの仕様だそうで。ほんの一瞬で運命が分かれる、そんな間一髪の脱出劇がいかに多かったかという証明でもありましょう。

備忘/模型についての覚書;*メタル製エンジンから前へ伸びる排気管はパーツで再現されてるものの、例によってギアカバーとカウルを結ぶステーが無いので自作の要あり。 *主翼上の無線アンテナは棒状ではなくホイップ型か。ただし42年時では装備されてないかも。 *後部胴体下の「棒」、これは垂下アンテナ線の繰出筒との説と無線アンテナ説の両説あり。というよりむしろIFFアンテナじゃないかという気がしますけどさ。 *尻尾の動翼3枚は切り離して動きをつけたものの、やはり主翼スラットやフラップを動かしたい短距離離着陸性能。 *尾翼といえば実機では水平尾翼の安定板そのものの角度が可変の様子。これが重心に敏感な機体のトリム調整に関わってる? *尾輪もIIIではキットの形と違うので用心。 *工作員(この機体に時には3人とか4人とか詰め込んだともいいますが)を乗せるなら、後席乗員は乗ってないんじゃないかという気もします。 *翼端灯はホントは透明カバーで色つき電球のタイプ。 *増槽下げてるから誤魔化されてますが、キットの胴体ラインですとイマイチ腹部のふくよかさに欠ける印象。意外にたくましい機体。 *SDタイプの航続距離について、1600km程度から1900km以上まで複数の数値あり。これがもしかして胴体内増槽(前後席の中間、正規機内タンクの上にのっかる位置)有無に関わってる?

さて、模型の話はどーでもいいとして(笑)、史実。英国情報部(SIS)から分れて戦時の対敵特殊作戦専門の実行部門としてSOEが本格的に活動しはじめたのが、先にも書いた1942年頃。「欧州を燃え上がらせろ」「欧州を開放しろ」の目的に沿い、占領地へ工作員を送り込んでの後方撹乱、破壊工作、レジスタンスへの協力/補給、あるいはその手の組織の構成、敵地へ降りた味方搭乗員の救出などなど。その活動のために集められた機材は、当初はわずかのハリファックス、スターリング、ライサンダー、ホイットレー等(ホイットレーはやがてハドソンに置換)。中でも短距離離着陸性能が他にまさったライサンダー(離着陸とも300mほどでOK)やハドソンは、上空からの降下だけじゃなく敵占領地に着陸しての作戦も数多くこなしていたようです。ちなみに戦中にSOEが敵地へ送り込んだ工作員@秘密諜報員の総数は995人、そしてそれらの作戦中に失われた航空機は80機(!)にのぼったと。

今回のお題に選んだ161中隊、この隊は138中隊と並んで欧州正面SOE作戦の中心部隊なんですね(作戦地域はフランス、ベルギー、ノルウェイ、オランダ、デンマーク、ポーランド、チェコ。伊太利方面と東南亜細亜方面は別部隊あり)。テンプスフォード基地からの作戦行動は、まず138中隊が1941年末から、そして161中隊は翌42年2月から開始。161が当初使ってた機材は7機のライサンダー+5機のホイットレー+2機のウェリントン+1機のハドソン。この161中隊だけで、欧州終戦までに総数101人を送り込み、逆に128人を連れ帰ってるというお話。欧州正面の広い作戦域をカバーするために、SDとよばれたライサンダーは航続距離を伸ばしております。本来の姿であれば、偵察と軽爆撃が身上の900kmちょい程度を飛ぶ、いわゆる直協機ですが、特別に装備した増槽のお陰で倍以上の航続最大8時間(!)へと延伸。経済巡航速度の150mphから計算すると、ハリファックス等の4発重爆と同じく、2000km近い足の長さを誇ります。これなら英本土から欧州正面を全てカバーできる性能。ただし、元来重心位置変化への許容量が少なめな機体だったと言いますから、闇を飛んで不整地での離着陸をこなした操縦士各位の腕前はアッパレというべきでしょう(夜の欧州を、光る河筋等も航法の目印にして隠密飛行、目的地ではレジスタンスの歓迎委員会がランタンで着陸指示)。

SOEの任務については、いろいろ書きだすとあまりに長くなりそうなので(汗)、工作員たちが携えて行った多彩な装備品の名前を幾つか並べて、その片鱗をうかがうにとどめましょう。
破壊工作員用特殊ナイフ  迷彩降下服  携帯型航空機誘導灯  携帯無線機  隠しナイフ/非常用金貨ホルダー仕込の靴中敷  ハンカチ地図(尿をかけると図が浮かぶ)  弓矢銃  消音ピストル  スーツケース型無線機(Type3 Mk.II)  襟ナイフ(服の襟に仕込む小型ナイフ)  袖ピストル(服の袖に潜ませる単発短銃)  鉛筆型刺突用ナイフ  シャープペンシル型ピストル

と、並べたのを読んでおわかりと思いますが、これぞ英国秘密諜報員007 号@ジェームズ・ボンド氏の物語にみるあれやこれや、その源泉でありますね。一説には、ボンド氏@原作の設定でもおそらく1941年に20代でSOEに採用されて任務についたのが彼の仕事はじめだろうとか。そして物語中でボンド氏に様々な特殊秘密機材を渡すブースロイド少佐@Qみたいな人物も実際にいたであろうし、またフランスへ潜入する工作員に偽造身分証明書や古着を仕立て直した衣服一切などを調整してた人物もいたんですね(反面、SOE側に裏切り者や不適切な要員がいたのも事実らしいのですが)。

当然、独逸側もこんな特殊工作を仕掛けてくる英国の新たな情報部門の存在には気付いていて、盛んにその活動拠点を探したようですが、ロンドンの北西、ベッドフォードシャーのテンプスフォードに設けられた161、138中隊の基地は、ジブラルタル農場納屋と称ばれて念入りに偽装された施設などをはじめ、ついにアプヴェール@独逸情報部にも見破られることは無かった模様。

女性工作員は先に書きましたが、大多数を占めた男性工作員ですと、3回の潜入と脱出を繰り返した猛者もいれば、ゲシュタポに一度は捕まって厳しい尋問も受けながら、秘匿意志強固かつフランス在住人としての偽装が実に巧妙だったために最後まで正体がバレず釈放、当該施設を出る際に「なぜ私が捕まったんですかね、ムッシュ?」と訊ね、尋問者をして「てっきり君が落下傘降下した英国工作員だと勘違いした。こちらの手違いだ。申し訳ない」と笑顔で送りだされた人物も(戦後、当時の尋問者へ真相をあかしたとか)。

とまあ、想像を超える様々な命がけのドラマが、黒いライサンダーの機上とその周囲に展開していたようです。テンプスフォードには今も当時の活動を伝える記念館があり、さらに「白ウサギ」というコードネームの工作員に捧げられた1本の樹があるとも。その白ウサギというのは、先に書いた3回の潜入と帰還を果たした強者が使用した多数のコードネームのひとつ。人間の白ウサギが信念に従い命がけで跳ねていく様子を、傍の草むらから長い耳の獣があるいは首をかしげて見ていたかも知れず、そうであるならば、その野兎の子孫たちは、今もフランスの野で空飛ぶ機械を当時と変わらず眺めているのでしょう。

さて、SOEは戦時作戦限定の部門であったために、戦後は解散ということになります。ベーカー街64番地に構えられ、ついに大戦を戦い抜いたその本部ですが、解散直前に失火、様々な記録とともに全焼したという不思議。そして当時の秘密作戦は、そのいくらかの部分が戦後60年以上経た現在も、機密解除にはなっていないのでした。闇をまとい、闇を翔んで闇の任務についていた、ナイト装束のライサンダーこそは、ある一面においては群を抜いて英国らしい機体じゃないかという気もいたします。今回はそんなところで、御粗末様でした。m(_ _)m

http://www.geocities.com/uksteve.geo/blunhistory2.html
↑おおいしさんに教えていただいたサイト。テンプスフォード基地と関わった人々、機体など網羅。

http://www.64-baker-street.org/main/index.html
SOEの女性達。彼女らが取り戻すために花の命を捧げた「自由」、その重みをひしひしと感じます。

<参考文献>

1)Westland LYSANDER ;J. Kightly著、2006年刊、Mushroom Model Magazine社オレンジシリーズ ISBN 8391717844、9788391717844 全208ページを使ってライサンダーの生い立ちから構造から形式変遷から戦歴からカラー側面図まで網羅。現存機のカラー写真を含めて、お役立ちな画像も盛り沢山。この機種を模型でやるなら、傍に置きたい1冊の代表かと。
2)Westland Lysander;1999年刊、4+ publications社World war II wings lineシリーズ ISBN 8090255914  ヴィジュアル主体に全37ページを使って、やや小さめの写真ながら当時のクリアな写真を多数網羅、1/72図面や構造部写真と合わせて、適宜解説文章を挿入する体裁。これも良書ですなぁ。
3)WESTLAND LYSANDER、WARPAINT SERIES No.48;Warpaint Books社刊  2)の4+本より後に出たんじゃなかったかしら(出版年とISBNは記載が無い)。表紙裏含めて全42ページ。このシリーズはなんといっても多数のカラー側面図で、模型製作へ誘うかのごとき体裁。もちろん実機写真と図面と、さらに概説を折り込んでそつもなく。写真の中には他でみられないものもあったり。マーキングを選ぶ時には是非みておきたい1冊ですねぇ。
4)WE LANDED BY MOONLIGHT The secret RAF landings in France 1940-1944;H. Verity著、2000年刊(Revised 2nd Edition)、Crecy社 ISBN 0947554750  テンプスフォードからライサンダーを主体に飛ばしてフランスへ往復していた英国秘密工作活動そのものの回想。闇空を飛んだ乗員と工作員との群像。1回毎の任務飛行につき、機材/乗員/工作員等が全部記録に残ってるんですね。その辺りがすごい。
5)The Secret History of S.O.E.;W. Mackenzie著、2002年刊、St. Ermin's Press社 ISBN 1903608112  800ページあまりを使って戦時特殊作戦の全貌を全戦域をカバーして詳細に記す大著。写真無し(汗)。
6)ビジュアルディクショナリー「特殊部隊」;1994年刊、同朋舎出版 ISBN 4810418294  大判体裁でカラー写真による絵本/図譜のごとく、世界の特殊部隊が使用した各種装備を解説。冒頭からかなりの数のSOE御用達品が登場します。元本が洋書と思いますが、英語と邦訳のかなり詳細な用語集も兼ねてる印象。
7)鴉よ 闇へ翔べ (原題;JACK DAWS);Ken Follet著/戸田裕之 訳、2006年刊(原著2001年刊)、小学館文庫 ISBN 4094054235  今回の企画の呼び水的な1冊。文庫の帯には「あのスパイ小説の傑作『針の眼』を凌ぐ!」とあります。本書はあくまで小説@フィクションですが、かなり詳細な事前調査により相当な量の史実を元につづられている印象。ノルマンディー上陸作戦前夜にわたり、フランスにおける独逸軍通信中枢=電話交換所を破壊すべく迫っていくSOE女性部隊の面々。原題は彼女らの隊に与えられたコードネームですな。フォレット氏は現代物を書くと時に「?(汗)」なのもありますが、さすがに大戦期の物語は思わず唸ってしまう見事な仕上がり。テンプスフォードと黒い機体達についてもかなり描写があって読ませます。
8)暁への疾走 (原題;EARLY ONE MORNING);Rob Ryan著/鈴木 恵 訳、2006年刊(原著2002年刊)、文春文庫 ISBN 4167705281  さらにフランスにおけるSOEの活動を知るにはうってつけの物語。テンプスフォード関連の記載はわずかのみながら、その分は希代の名車ブガッティ・アトランティークが疾走いたします。導入部の謎から時代を当時へさかのぼる、この手の物語では常套的手法ながら、それが巧く活かされてる印象。本書もまた、実在の人物や史実を幾つも織り込んで、当時を再現して鮮やかそのもの。文庫の帯は「名車ブガッティを駆る男たち。誇り高く、雄々しく、感動的な、英国正統冒険小説」となっております。

↑この7)と8)を読みますと、戦中に発足したSOEが、その使用機材を調達するのに爆撃軍団とかなりやりあっただろうことや、ひとくちに潜入工作員と言ってもその背景は実に多彩だったろうこと、あるいは裏切り者や内通者、さらに同じ英国側にも関わらず、旧来の情報部との軋轢の大きさなど、さまざまな物語が闇に潜んでいるのがうかがえます。そこらのあれやこれやは、通常のノンフィクションよりもかえって小説/物語の中でこそ印象深くなりますねぇ。そして一番印象に残るのは、当時の人々が「自由」を守る/取り戻すために、どれだけの犠牲を払いどれほど強い意志を持っていたかということ。昨今、仮に他国軍が攻めて来たら抵抗せずに占領されたほうが良いとか言う考えも聞きますが、それはあまりにも歴史を知らなさすぎる幼稚な発想かと。

(2007年4月16日 初出)



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